から。
●UNIX互換OSというアイデアがLinuxが誕生するきっかけ 本家UNIXは、商品化されたことにより、これを利用するためにはライセンス料を払う必要が生じた。また、UNIX用のワークステーションが必要で、高価だったので学生が手軽に導入して学習に活用することが困難だった。それで、簡単にコンピュータ・OSの学習をできるようにすることを目的としてAT&Tのソースコードを一切使わずにIntel社の386CPUで動くUNIX互換OSをオランダVrije(フリイエ)大学のAndrew S.Tanenbaum(タネンバウム)氏らが作成。これが「MINIX」(ミニックス)。しかし、あくまでも学習用という目的だったので当初、オリジナルのコードを改変して再配布することが許可されておらず汎用性に欠けるものだった。 これに対して、ソースコードの改変、再配布を許可し、学習用以外にも使用できるようにできないのかとMINIXメーリングリストに投稿したのが、後にLinuxを生み出すLinus B. Torvalds(トーバルズ)氏。当時フィンランドのヘルシンキ大学に在籍する21歳の学生だった。 この問いに対し、MINIX開発者の一人であるAndrew S.tanenbaum氏は許可しないと回答。そこで、Linus氏は自ら新たなOS(後のLinux)をフルスクラッチしたといわれている。Linus氏がはじめてのLinux(version0.02)を公開したのが1991年10月5日のことである。なお、MINIXは、2004年4月7日、「comp.os.minixというニュースグループに「ソースコードを自由に変更でき、無償、商用をとわずに再配布可能にする」という投稿が行われている。
 Linus B. Torvalds氏 (写真は、wikipediaから)
テーマ:UNIX/Linux - ジャンル:コンピュータ
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