|
レモニー・スニケットの「世にも不幸なできごと」シリーズの最終巻、「世にも不幸なできごと〈13〉終わり(A Series of Unfortunate Events 13 THE END」を少し前に、読み終わった。
シリーズ最終巻ということで遂に、謎が解明されるのかな〜と期待していたのだが、多くの謎を残し、そして、謎がさらに深まる感じで、個人的にはちょっと予想外な最終巻だったな〜と思った。 訳者あとがきに、「読後の感想はいかがでしょうか。やっぱりけむに巻かれたようでしたか。それとも、思いがけない希望を抱くことができたでしょうか。」と書かれていたけど、個人的にはどちらとも当てはまるな〜と思った。
ちなみに、作品の中で、「ピア・プレッシャー」という言葉が何度か登場するのだが、作品の82ページから83ページでは、意味が説明されていて、興味深く思った。
「ピア」はひごろつきあいのある仲間のこと、「プレッシャー」はそういう人たちがもつ影響力のことだ。
もしも、みなさんが丘男か丘女―ひとりぼっちで丘に住んでいる人のこと―なら、ピア・プレッシャーをさけるの簡単だ。 ときたまみなさんのほらあなのちかくまでさまよってくる野生の羊以外、ピア(仲間)はいないのだから。
でも、家族だろうが、学校だろうが、秘密組織だろうが、人にかこまれて暮らしているなら、人生は一瞬一瞬がピア・プレッシャーの連続であり、海に浮かぶボートが周囲をとりまく嵐をさけられないように、ピア・プレッシャーをさけることはできない。 朝、特定の時刻に目をさまし、枕の下に頭をつっこんでもっと寝ていたくても、おなかがぐうぐうなり始めたら、看守か執事のピア・プレッシャーに屈してしまうだろうし、人のつくった朝食や自分で買ってきた食料品でつくった朝食を前に、足をふみならして不満を表明し、遠い国の珍味を要求したくても、結局はいつもの食料品の店員か朝食係のシェフのピア・プレッシャーに屈してしまうだろう。 このように、世界中の人が一日中ピア・プレッシャーに屈しているのである。
休み時間なのにドッジボールをやろうとさそう同級生のプレッシャーもあるだろう。 鼻の上でゴムまりのバランスをとれというサーカス仲間のプレッシャーもあるだろう。
でも、ことあるごとにピア・プレッシャーをさけていると、しまいには仲間がいなくなってしまうから、きらわれない程度にピア・プレッシャーに屈するのが世渡りのコツである。
ピア・プレッシャーをさけすぎたりすると、野たれ死んだり、死なないまでも、とても気まずいことになる。 ピア・プレッシャーとうまくつきあうのはなかなかむずかしいことであって、そのコツをマスターしている人はほとんどおらず、たいていの人が野たれ死んだり、生きているあいだに最低一度は気まずくなったりしている。 関連記事 「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」 「レモニー・スニケット〜」シリーズの第13巻はどうなって・・・ 世にも不幸なできごと 12
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
|